Be Independent, Be Myself〜独立自尊のすすめ〜(慶應義塾ではありません)

8年以上会社員をやってきた。思い切って会社を辞めて、ようやく自分にとって大切なものが見えてきた。自分の足で生きること(independent)、自分自身(myself)を表現すること。言葉で自分を表現しながら身を立てようとする30代男のリアリティを綴る。

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[スクーリングパッド] スクーリングパッド:【第九回】変わる「広告」のカタチ by 高松聡(ground)

今回のゲストは、電通を経て
クリエーティブ・エージェンシーgroundを設立した高松さん。


「パブリック・ビューイング」、「シンブンテインメント」、
「アディダス読売巨人軍キャンペーン」、
「日清 no border」、「日清 freedom」など、
ご自身が作られた「広告」を題材に、
変わりゆく「広告」のカタチについて語る。
と、思っていたら、冒頭には、ポートランドからスペシャルゲストのカツさんが登場。
カツさんは、ポートランドツアーでお世話になりました。
そんなカツさんからは、アメリカ大統領選についてのお話。


黒崎さんがここ最近、
「オバマの選挙はウェブ2.0的だ」ということをよく言っていたけれども
その意味がようやく分かった。


当初は大企業の後援を取り付けたヒラリーが資金面で圧倒的に有利と言われ、
オバマは企業のバックがないから資金面で太刀打ちできず負けるだろうと言われていた。

そんな状況の中、
「企業からの献金はもらわない」という信念を打ち出すとともに、
「お金がないなら集めればいい」という逆転の発想で、
オバマを支持する有権者からお金を集める戦略に打って出た。

ウェブサイトやSNS、YouTubeの新しいメディアと、
従来型のメディア(マスメディア)や選挙集会を
ブレンドさせたコミュニケーション戦略を駆使して、
有権者に自身の思想、政策を直接語りかけ続けた。

リアルの場で、ネット上でオバマを信じる人がつながり、
広がっていく仕組みを作りあげた。

その結果、資金力ではヒラリーの300億円に対して当初50億円と言われていたものが、
600億円もの資金を集めることに成功した。
ボランティアなどの無償労働力も金額に換算すると、1000億円規模という説もある。

これまでの選挙の常識では、
後援者=大企業という構図があって、後援者≠有権者だったのが、
オバマの選挙戦略によって、後援者=有権者になってきた。

「ネットの世界で個と個が繋がるように、
リアルな人のつながりもP2P(ピア・ツー・ピア)になってきた」とはカツさんの言葉。

オバマのメッセージ「Change」は、何も政策だけの話ではなく、
そういう人の流れ、情報の流れ、コミュニケーションの流れ、政治のあり方も
含めたものだった、ということに気が付いた。

政策面でも、「再利用可能な資源に4年で10億ドルを投ずる」という話があるようだ。

石油と消費と金融を駆使して、
モータリゼーション社会、大衆消費社会、金融主導型資本主義を
作りあげてきたアメリカが、自ら石油からの脱却を目指すとなると、
間違いなく世界は変わるだろう。

オバマはケニアからの移民2世。
言うなれば「よそ者」に、これだけの大変革のタクトを任せてしまう、
アメリカの民主主義の土壌の深さにはただただ恐れ入る。

アメリカの功罪について個人的にいろいろ思うところはあるけれども、
今回見られたような圧倒的なまでの民主主義精神と、
シリコンバレーに代表される起業家精神とチャレンジを奨励する精神的土壌は、
アメリカが世界に、歴史に誇る光の部分だと思っている。



そして、高松さんにバトンタッチ。
重複する内容も多いので詳細は割愛するものの、
高松さんから見ても、アメリカ大統領選はとても興味深かったようだ。

「一連のキャンペーンをカンヌ広告賞に出せば、間違いなくグランプリを取るはずだ」と。



そんな、アメリカ大統領選に見る選挙の構図の変化もさることながら、
広告も構造がどんどん変わってきている(自由になってきている)という。

従来は、広告主(情報発信者)がいて、広告代理店がいて、消費者(情報受信者)がいて、
広告主から消費者に伝える企業や商品のメッセージを、
広告代理店が代わりに作って伝える構造だったのが、
消費者から広告主へのメッセージを「広告」というメディアを使って伝えたり、
消費者が払ったお金で「広告」の制作資金を回収する、
というような新しいカタチが出現している。

そうした、さまざまな新しい「広告」のカタチを仕掛けているのが高松さんだ。



今ではサッカーだけでなく、
野球や多くのスポーツの世界で一般的になりつつあるパブリック・ビューイング。

2002年のサッカー日韓ワールドカップで、
この流れをビジネスとして作り上げたのが、当時はまだ電通に所属していた高松さん。

このパブリック・ビューイングのイベントは、
日韓ワールドカップの全試合の放映権を購入した
「スカイパーフェクTV(以下スカパー)」のプロモーションのために行われた。

#サッカー好きを自認している僕も全く知らなかったので、
#知らなかった人も多いのではないかと思う。

このときのお金の流れ方が独特だ。
ワールドカップのテレビ放映権を販売していたのは電通で、
言うなればスカパーは電通のお得意様。
放映権の獲得に大金をつぎ込んだスカパーは、
プロモーションのために資金を投ずる余裕がなかった。

そんな事情が重なって、スポンサーからお金をもらわずにプロモーションをする、
という、普通に考えるとあり得ない「広告」となった。

そこで、アメリカ大統領選と同じく、
「お金がないなら集めればいい」ということで考え出したのが、
パブリック・ビューイングという「広告」のカタチ。

言ってしまえば、「みんなで集まってテレビのサッカー中継を観る」イベントを、
お金を取って開催し、その入場料をプロモーション費用に充てる、というものだ。

元になったのは、高松さんご自身の経験。
フランスワールドカップのときに
大勢の人を集めて見たサッカー中継の感動が忘れられず、
それが発想のベースになった、ということだ。

流す映像はスカパー、参加者にはスカパーのパンフレットを配り、
会場のあちこちにスカパーのロゴを露出させる、
ということで、毎試合毎試合、パブリック・ビューイングに訪れた人に対して、
スカパーがこれでもかと露出する算段だ。

ここでミソになるのは、パブリック・ビューイングを開催するには、
FIFA(ワールドカップの主催者)から購入した権利が必要だということ。
当然、電通はパブリック・ビューイング権を購入した。
そして、その権利を日本各地で行われた300にも上る
パブリック・ビューイングの主催者に対してサブ・ライセンシングして、
同じようにスカパーを徹底的に露出させた。

試合の感動、観戦の感動とともに、スカパーが人々の記憶に刻まれる。
とてつもない露出効果だっただろう。


この「広告」を通じて高松さんが発見したのが、
「『広告』は『無料』である必要はない」という新パラダイム。

「広告主から1円ももらわずに『広告』が成り立つのであれば、
広告主がいなくても『広告』は成立するのではないか?」

そこで挑んだのが、先日読売新聞の紙面を賑わせた「シンブンテインメント」だ。

10月20日の新聞広告の日に、4人の女性ファッションモデルのグラビアが紙面に躍った。
しかも、その写真は、47都道府県で全て異なるカットになっている。
後日、全47都道府県のカットを収めた4人のモデルの写真集が発売となった。
10月20日の広告掲載費は、写真集の利益を充てるという。

広告掲載費を後から回収するというお金の流れもさることながら、
広告そのものがコンテンツになる、広告を使って商品を作る、という試みが新しい。

今回は素材にファッションモデルのグラビアを使ったが、
才能はあるけどお金のないクリエーター、アーティストの作品を使ったり、
意義はあるけどお金のなく地道に活動しているNPOやNGOを題材、あるいは関連した何かを
コンテンツに据えることで、いろいろな可能性が開けてくるのではないか、ということだ。

そして、新聞でできたことはテレビやラジオでも出来るはず、ということで、
新しい「広告」というか「コミュニケーション」のカタチが
産まれてくる予感でいっぱいだ。


続いては「アディダス読売巨人軍キャンペーン」。

野球グッズに新規参入したアディダスが読売巨人軍のスポンサーとなった際は、
アディダスや巨人軍のメッセージを「広告」するのではなく、
最下位争いをする巨人軍に対するファンのメッセージを巨人軍に伝える形を取った。

つまり、メッセージの流れる方向を、広告主⇒消費者(ファン)、という流れから、
消費者(ファン)⇒広告主がスポンサードする団体(巨人軍)、という流れへと、
大きく変貌させる試みを行い、
「巨人軍を支えるアディダス」というのが短期間でファンに受け入れられる結果となった。



また、日清の「no border」の「広告」は、
「カップヌードルは世代も性別も国境も関係なく世界中の人に愛されている」
という広告主のメッセージを、9.11が起こった後の不安な情勢を背景に、
平和を希求する人々(消費者)と共感・共有すること主眼に置いているという意味で、
単純に広告主から消費者にメッセージを伝える従来の「広告」を超えたものになっている。



最後に紹介されたのが日清の「freedom」の「広告」。
これも、「広告は必ずしも無料である必要はない」という発見から産まれている。

CMに登場するアニメーションは、
単体のアニメ作品としてDVDで販売・レンタルされている。
そして、作品の中でも主人公はCM同様、好物の「カップヌードル」を食べている。

言ってみれば、テレビで15秒、30秒の枠の中で流れるCMは、
「カップヌードル」のCMであると同時に
アニメーション作品「freedom」のCMにもなっている。
そして、お金を出して「freedom」を見た人は、
その中でまた「カップヌードル」と接触する、という構造だ。

「freedom」の制作にかかったコストは、「feedom」の販売・レンタルで賄えており、
テレビ広告枠の他に、無料で「カップヌードル」をプロモーションしてくれる作品を
手に入れた格好だ。

なお、通常、優秀なアニメ・クリエーターは、映画やテレビ作品の制作に回るため、
CMの15秒とか30秒の時間の短い世界でアニメーションを作り込むことは不可能だ。
DVDを作ることにしたために、CMにアニメーションを使えるようになった、
という効果も生んでいる。

こうして、新しいビジネスモデルとセットで新しい「広告」を作りだしていくのが、
高松さんの凄さだろう。




今回例に挙げた5つの例を見れば分かるように、
「広告」や「コミュニケーション」のカタチが劇的に変わってきている。
お金の流れ方、意味合いも然り、メッセージの流れや内容も然り。

そんな中、高松さんが目下注目しているのがウェブだ。

平均的な大人が接触するメディアは、テレビ2時間/1日、ウェブ2時間/1日。
ウェブは、メディアの力としてはテレビと並んだ。
しかし、「広告」として使われるという意味では、まだまだテレビとウェブの差は大きい。

だが、「それも時間の問題で、
今はまだウェブ広告を使いこなして効果を出すための方法論が確立されていないだけ」
と、高松さんは考えている。

「Googleが情報工学を駆使して
世界屈指のメディア企業であり広告代理店になったように、
『広告工学』のようなものが発達して、
ウェブ広告の世界もここ数年で劇的な変化を遂げるだろう」。
高松さんは予測している。

ウェブはメディア代が実質無料だ。
例えば、YouTubeに面白い映像を置いておけば、
次から次へと関心を持った人が向こうから勝手にやってくる。
後は、面白い映像をの存在を全く知らない人に関心を起こさせるための
従来型のマス広告を1スポットで大きく打てばいい。
費用極小にして効果は絶大。

加えて、技術革新に伴って、一般人が気軽に制作出来るようになってきた。
高松さん曰く「一般人が作る者が面白くなってきている」。

アルビン・トフラーの「プロシューマー」よろしく、
生産手段と情報伝達手段を手にした一般人が
世界に影響を及ぼす流れが生まれ出しているように思う。
今回のアメリカ大統領選は、その象徴的な出来事のように思える。

「広告工学」の世界で太刀打ちする術は残念ながら思い付かないけれど、
ウェブの力で、チャンスの世界は広がっているように思う。
「プロシューマー」たちを束ねてみても面白いかもしれない。

そして、その世界で一歩抜きんでるために必要なのは、
思想と、それを現実化させようとする行動力、そして誠実さではないかと思う。

ウェブを駆使しつつ人間力を磨く。
「広告」に限らず、新しい時代を切り開く鍵はここにある。



コメント

うぇぶねえ

便利なものは日々進化してエンターテインメントもまさかの個人が面白いって言うのはワタシも実感してる。広告に限らずウェブの世界はいろんな可能性を秘めている重要なメディアだよね。
でも、同時に、技術だけが進んでしまってガードの甘い無秩序なウェブは、(とりわけ善悪の判別ができない子供達に)悪影響を及ぼしていることも少なからず。

国をあげて、社会全体にウェブを含めたメディアのあり方を整備しないとこのままでは......未来はアカルいかなあ?
それこそ、日本でジタバタしてどうにかなる話じゃないかもしれないけど。日本は遅れてるって聞くよねえ〜。



  • 2008/12/04(木) 13:32:56 |
  • URL |
  • ena #su7LfdQk
  • [ 編集]

大統領

大統領選挙のfacebookは有名ですよね。
ヒラリーも追随したけど、結局失敗したとか。
怖いのはここにとどまらず、
グローバルバンクの倒産にもこういったSNSが
絡んでる側面があるってところでしょうか。

ただ、これらはネットを使う人の秩序の問題もあるのかなと。
電話が普及したときの影響の受け方に似てるかと。
となったらウェブのこの手の影響に恩恵を得るより、
ウェブの影響が薄まった、秩序が向上したときの一手を
考えるのも楽しいかもですよね。

どちらにしても掲示板、いつも楽しみにみています。
ワークショップなんかも都合があれば行きたいですね。

また寄ります。

  • 2008/12/04(木) 14:35:10 |
  • URL |
  • obama #-
  • [ 編集]

>enaさん

子供に対してウェブの闇の部分を隠そうと思っても隠しきれるとは思えないので、そういう前提に立って議論を深めていくしかないのかなと思っています。
リアルの世界でも、大人が子供を守り切ることは物理的に不可能なわけで、車とか変なおじさんがいるかもしれないみたいなリスクを教えた上で、最後は子供の自主性に任せるしかない部分がありますよね。
似たような感じでウェブとの付き合い方みたいなことを伝えていくしかないのかなと。難しいのは、ウェブの世界の全貌を理解できている人がいないから(物理的に全てのコンテンツはチェックできない)、ウェブの世界にどういう危険が潜んでいるか誰も正確には語れない、ということかなぁと…

関連するかどうかはちょっと分からないんですが、ウェブにしてもその他のメディアにしても、これだけ情報が多い世の中でさらに情報を出していくことが本当に意味があるのか?ということを最近よく考えます。情報を減らすことで価値をもたらすことが出来ないのか、と。それが「編集」だったり、Googleの情報整理だったり、新聞の要約サービスだったり、デスクトップエージェントみたいなものだったりするのかもしれませんが、もっとドラスティックに、情報を減らす、捨てることが価値を持ったりしないのかなと…

>obamaさん

コメントありがとうございます。不勉強にして存じ上げないこともあるので、いろいろと教えていただきたいです。

例えば、この辺とか、
> 怖いのはここにとどまらず、
> グローバルバンクの倒産にもこういったSNSが
> 絡んでる側面があるってところでしょうか。

この辺について
> ただ、これらはネットを使う人の秩序の問題もあるのかなと。
> 電話が普及したときの影響の受け方に似てるかと。


> ウェブの影響が薄まった、秩序が向上したときの一手を
> 考えるのも楽しいかもですよね。

ウェブの影響が薄まるってどんな感じなんでしょう?ウェブが肥大化し続けることには違和感を感じますが、ウェブの存在感はますます大きくなっていくのかな、と感じています。リアルの価値が復権してくる、ということでしょうか?
ご意見ご披露いただけると幸いです。

  • 2008/12/05(金) 02:14:13 |
  • URL |
  • かやっく@ブログ管理人 #-
  • [ 編集]

回答遅れました

グローバルバンクの件ですが、私の感覚なのかもしれません。FACEBOOKとか使ってみて、コミュニティ検索する等すれば分かりますよ。
ぜひ、アクセスしてみてください!!
(ヒント:あの銀行はやばい!!と知的レベルの高い口コミが発生したらあなたはその銀行にお金を預け続けますか。)

あと、ウェブの影響が弱まるというのは、上記のような口コミに対しての分別が出てくるということです。
言葉足らずでごめんなさい。
今は口コミの信頼度を示す指標がないから過剰に皆さん反応する。といったことがあると思っています。
でも、皆さんの感覚を磨くことによって、それこそ独立自尊で勉強することによって、反応するレベルも変わってくるのではないかと考えています。

なお、管理人様が記述されている「ウェブの存在感ますます大きくなっていく」というのはどういうことでしょうか。
もうそろそろウェブでできることの限界じゃないかと感じている私なのですが、どの分野でどういうところで存在感を発揮していくのか教えてくださいますか。
なお、私は、今後、技術的な話は別としてウェブの存在感を増していくには現時点でウェブを使っていない方々(たくさんいます)のITリテラシーの向上無くしては成し遂げ得ないと思っています。それを実現する手段は実は管理人様のおっしゃっている「リアル」な世界です。そのリアルな世界を通じてウェブの世界を広めることよりもリアルな世界をより豊かに活用することに情熱を注ぐ人が今も未来もどんどん出てくるのではないでしょうか。
生まれた時にはファミコンがあった私たちの世代にとっては、上記はぴんとこないことなのですが、視野を広げるとこういう現実がある。と私はいろいろな人と接することで体感しています。

  • 2008/12/15(月) 18:03:08 |
  • URL |
  • obama #y1OJLSf2
  • [ 編集]

ありがとうございます

コメントの意図は何となく分かりました。解説ありがとうございました。

SNS上で取り付け騒ぎが起きていた(乱暴な比喩ですが…)とは知りませんでした。

口コミでも遅かれ早かれ広まったんだと思いますが、ネットという電子メディアの最進化形が、そうした不安を増幅させる触媒になったということだったんですね。勉強になりました。


「ウェブの存在感ますます大きくなっていく」と感じた理由は、自分の身の回りにいる人たちの動きを見ていて、そう感じたから、としか言いようがありません。

ウェブのリテラシーが上がって、情報の判別能力が高まるにせよ、情報メディア、コミュニケーションメディアとしてウェブを使おうという動きはますます強まっているように感じています。そういう意味で、「存在感が大きくなっていく」と表現しました。

これは肌で感じていることなので、論証してくれとか言われるとお手上げなのですが…論拠になりそうなことと言えば、成人のネットアクセスの時間とテレビ視聴時間が並んで、ネットアクセスの時間が伸びる傾向を示しているとか、そんな聞いた話ぐらいでしょうか。

こんなんでお答えになっていますか?

  • 2008/12/17(水) 23:41:47 |
  • URL |
  • かやっく@ブログ管理人 #-
  • [ 編集]

お答えについて

なんとなく管理人さんの考えはわかりました。「感じる」ことや、「聞いた」ことであるというところはひっかかりますが。。。

また機会があったら見に来ます。

  • 2008/12/18(木) 13:55:37 |
  • URL |
  • obama #bKjWz/7U
  • [ 編集]

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